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19世紀の生物学では、偶発的な突然変異と環境による淘汰によって進化が決定されると考えられていたが、現在ではそのようなスローなフィードバックモデルでは、地球誕生以来の時間より長い時間がかかることがわかり、むしろ自己を触媒にした自己組織化によって進化してきたと考えられるようになっている。
1人の学生から生み出されたオープンOSであるLがこれほど普及発展していったのは、まきしくネットワーク内で自己組織化作用が働いた結果ではないだろうか。
このようにインターネットは、脱工業化の流れを鮮明に浮かび上がらせつつある。
工業生産での分業化に慣れてくると、Lのような自由参加方式の選択肢が考慮されなくなってしまっていた。
また、工業生産ではあらかじめ予定された時間内に決められた作業に専念するのが当然であった。
しかし、それは同時に他の作業をする能力の抑制、つまり選択肢の切り捨てにほかならない。
もっとも、そのような分業化、専業化、単純化は、ロボットへ肩代わりするための準備だったという見方もできる。
本来、われわれ人間は、複数の選択肢を持っていたはずだ。
ということは、ロボットに単純作業を肩代わりしたあとに残るのは、マルチタスク(複数作業の同時並列的実行)しかない。
「二兎を追うものは一兎をも得ず」という諺をたたき込まれた古い世代にとっては、マルチタスクはやや背徳的にさえ感じられるかもしれない。
しかし、この反転こそ、まさに技術文明における潮流の本質的な方向転換であり、この認識に欠けた産業振興策や教育改革はしょせん無理なペーパープランでしかない。
マルチタスクのもっとも典型的な例は、いわゆる「モバイル・コンピューティング」である。
移動と情報通信サービスのマルチタスク化である。
なかでもIの急速な普及は、従来の常識を軽々と覆すほどのインパクトを持つ。
Iが登場したとき、これほどまで広がることを予想した者は誰もいなかったが、シングルタスク(専業化、分業化)からマルチタスクへの社会、産業の潮流の変化を考えたとき、Iの爆発的普及は決定的なメッセージとして大きな意味を持つ。
街角に目をやると、片手で携帯電話を持ちながら歩く若者をそこかしこに見ることができるだろう。
Iのボタンを親指で器用に押して文字を入力し、メールを送信する。
あるいは送られてきたメールを読み、Iでインターネットに接続しお気に入りのコンテンツを楽しむ。
それを歩きながら行っているのである。
すでに全人口の半数が携帯電話やPHSなどの移動通信を所有する時代になった。
その中でもIは1999年(平成11年)2月に登場して以来、瞬く間に加入数を伸ばし、21世紀を迎えた現在、1700万人ものユーザーを獲得した。
わずか2年でこれだけのユーザーを集めるのは驚異的であり、同時に、そこにある深い意味を見出さざるを得ない。
歩く、つまりモバイル(移動)とネットワークにつながることを同時に行うマルチタスクの実現である。
私はIがもたらしたネットワークとフットワークの融合を「ネフットワーク」と名付け、新たなパラダイム移行への象徴的な出来事ととらえている。
パソコンのキーボード入力に慣れている古い世代は、親指入力に違和感を覚えるようであるが、考えてみると、デスクトップパソコンは我々を一つの場所に固定することを余儀なくしていた。
しかし、人間は本来モバイルする存在である。
そういう意味からすると、ある場所に固定されていたデスクトップパソコンでのネットワークより、歩きながら親指でネットワークにつながるネフットワークのほうが、人間本来の性質に近いといえないだろうか。
「ながら仕事」はいけないというのが、工業化社会の考え方である。
工業生産ではあらかじめ決められた時間内に決められた一つの作業に専念することが当然であり、効率的にそれを推し進めるには他のことを切り捨て専業することがよいとされた。
しかし、クラシックやポップスなどの音楽を流しながら仕事をしたほうがリラックスでき、効率があがったという経験は誰でも持っているだろう。
かつて、農作業に従事していた人々は「田植え歌」を唄いながら、田植えを行った。
日本以外でも、労働にまつわる歌は数多く見受けられる。
我々は歌を唄いながら労働していたのに、いつのまにか工業化社会では「歌を唄うこと」と「労働すること」が切り離され、別々のものになってしまったむしろ工業化社会の習慣こそ、それ以前の人間にとって不自然なものだったのではないか。
実は「ながら仕事」こそ、人間の自然な行為として位置づけられるのではないだろうか。
Iで親指入力する世代は、むしろ人間の自然な姿に戻っているのかもしれない。
インターネットは、人間が本来持つ能力を技術的に解放しているだけなのだ。
親指世代だけではなく、デスクトップパソコンを使うキーボード世代も実はマルチタスク化を経験している。
パソコンを使う時を考えてみて欲しい。
ワープロソフトのWを開きながら、同時にEで表計算を行い、作成した図表をワードの原稿の中に取り込んでいないだろうか。
同時に別のアプリケーションソフトを立ち上げ、二つを行き来しながら、仕事を遂行できる。
これがコンピュータにおけるマルチタスクであり、パソコンを活用している多くの人が意識せずに実行していることである。
専業化が習慣的に行われていた工業化社会から見ると、マルチタスクは背徳的に映るかもしれないが、この反転こそ、潮流の本質的な転換なのである。
インターネットの加速度的な広がり、Iの爆発的な普及、さらにはゲノム解析を中心としたバイオテクノロジーの興隆など、ほんの数年前には予想もしなかったことが現実になりつつある。
こうしたパラダイム転換のただ中で、今後の動向を占うきわめて重要な指針となっているのが「複雑系」の考え方である。
複雑系とは、物理学の基礎であるニュートン力学が万物の運動法則を単純な形に分解して法則化したのに対して、不確定要因やノイズを含む世の中の複雑な現象をありのままに取り込み、そのときどきの関係性の中で物事が相互依存で決まる世界を説明するための理論と言い換えることもできる。
複雑系を説明するとき、よく用いられるのは渡り鳥の群れのコンピュータ・シミュレーションである。
渡り鳥はなぜ群れをつくって飛ぶのかを研究するある学者は、コンピュータ上に鳥のマークをつくり、前に飛ぶ、他の烏にぶつからないように飛ぶ、という二つの特性をインプットして多数の烏マークの飛行シミュレーションを行った。
すると、一つひとつのマークには「群れをつくって飛ぶ」という命令を与えていないにもかかわらず、見事に群れをつくって飛行したのである。
一羽一羽の烏たちは「前に飛ぶ」「ぶつからないように飛ぶ」というような単純な法則のもとに飛行しているのだろうが、集団になるとまったく別のルールを形成するのである。
複雑系が新しい秩序をもたらす存在だとすれば、古い秩序である工業化社会の象徴的存在がニュートン力学といえるかもしれない。
ニュートン力学に代表される従来の科学は、物質を分子や原子に分解し、さらに原子の基となる素粒子を追求するなど、複雑なものを単純化しようとしてきた。
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